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祓え清め -新型コロナウイルス感染症に思ふ-

 新型コロナウイルス感染症が流行し、不要不急の外出を控え、

まるで時間が止まっているかのような生活がつづいています。

 

 しかし、海外の爆発的な感染拡大と比べ日本の拡大状況は

何とか持ちこたえていると言えそうです。

それは、みなさんの努力と協力の成果に他なりませんが、

京都大学の山中伸弥教授は、それに加え日本独自のファクターXが関係

しているだろうという指摘をされております。

 

ファクターXとは、「海外には事例がない日本独自のなにか」

という意味ですが、それには、いろんな要素があると思います。

 

その中に、日本人の生活に根ざした清浄(清潔)を重んじる習慣が

関係しているという指摘があり、それは戦後の保健、衛生教育の成果だと

指摘する向きもあります。

しかし、そんなに歴史の浅いものでしょうか?

 

 日本は水が豊富なので、手洗い、入浴をします。

人同士もお互いに息のかからない程度の距離を空けてコミュニケーション

をとります。行儀作法のなかには、口を大きく空けてしゃべらない、

笑わない等があります。

 

 また、神社のすべてのお祭りには自身の罪やケガレをはらう「お祓い」

が必ず行われます。お参りする際も手水で手や口をすすぎ清め、

神殿から少し離れたところからお参りするようになっています。

「手洗い・うがい・互いの距離を空ける」感染予防の大切な要素が

参拝の作法の中にも生きています。

 

 こうした習慣は、どうして生まれたのでしょうか?

新型コロナウイルス感染症が流行する今だからこそ気づかされることがあります。

 

 『日本書紀』には、第十代崇神天皇の御代に国中に疫病が蔓延し、国民の大半が

死に絶えたことが記録されています。まさに日本民族存亡の危機。

この出来事は、のちに伊勢神宮鎮座のきっかけとなります。

 

これ以外にも、国中を襲った疫病は何度もあり、我々の祖先は何度もこうした苦難を

乗り越えてきたのだと思います。

 

疫病を克服するうえで経験的に学んだのが、

 

「清潔を保つ」、「人にうつさない」ようにすることだったのではないでしょうか。

 

疫病は正体不明の災いです。しかし原因は死骸や不衛生な環境を放置すること、

鳥獣、害虫からもたらされることを経験上知っています。

 

神道の罪、ケガレはそれら全てを当てはめており、神や人から遠ざけるものとして忌み嫌います。

 

人が知らずしらずに犯した罪や過ちは やがて身体にたまりケガレとなり、

ケガレのあるところに災いがふりかかる。

ケガレは汚れ(よごれ)とは違い目に見えないもので

神さまや人や物にうつるとも考えられています。

ゆえに「祓え清め」を行い清浄(清潔)を保つことが必要とされています。 

 

大切にしているものに厄や災いが寄りつかないように、一人ひとりが罪やケガレを祓い清めて、

大切なものを守るという考えが育まれ、

また、普段の生活も豊富な水をつかって「洗い」「清める」、「流す」ことを

大切な習慣としてきました。

 

 先述の崇神天皇の御代は、仏教が伝来するよりはるか以前の出来事であること、

その後鎮座した伊勢神宮の祭祀は特に「清浄」を重んじることから、

崇神朝の疫病の体験から、「祓え清め」が神道の儀式の中で、より重んじられるよう

変化していった、生活のなかにも清潔を保つ衛生意識が芽生えていった

のではないかと想像しています。

 

日本は島国で他国からの民族移入がほとんどありません。

他国から文化を取り入れても支配されることがなかったことから、

古くからの信仰や習慣を否定せずに現代まで伝えられたことも

大きく作用していると思います。

 

六月三十日は水無月の大祓式(みなづきのおおはらえしき)です。

大祓は天皇をはじめ宮中の重要行事として行われていた一方で、

庶民のあいだにもかたちを変えて広がりました。

この時期になると神社の境内に大きなちの輪が掲げられ、

ちの輪を左、右、左と三度くぐると自らお祓いができるとされ、

暑い夏を健康で過ごしていける「夏越しの大祓」として親しまれています。

こうした親しみ深い行事の中にも、疫病の苦難を何度も乗り越えてきた

先人たちのご労苦と知恵、祈りが込められていることを知ると

感慨深いものがあります。

 

新型コロナウイルス感染症との戦いはこれからも続くでしょう。

しかし、私たちの先祖が経験したとおり、必ず克服することができます。

清浄、清潔を重視して、当たり前の生活習慣として対応していけば、

必ず医学や科学の力を得て完全に終熄することができるでしょう。

 

令和2年6月1日記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

author:伊勢部柿本神社, category:-, 14:11
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